読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

遊歩道の雨景色。

久方ぶりに、午前中AMラジオを付けた。ラジオから流れてくる曲は、時代錯誤も甚だしく、70年代、80年代の邦楽が大半だった。地方のAMラジオの特権とも云えるが、独自の選曲で、流行りのJpopなどを無闇矢鱈に流さない姿勢は好感が持てる。近所のレンタルビデオ店は、恐らく最新のチャートと思われる曲が立て続けに垂れ流されていて、嫌悪感しかない。出来るだけ速やかに、目ぼしい映画を選別することに長けてきた気がする。

 

今更の話だが 昨年、最も活用した電子機器は電子辞書だった。昨年の初春から海外のインディーズゲームに手を出し始めたことにより、以前より利用する機会が増えた。各単語から文章は大体理解できるが、英語圏の言い回しなどは、無知に近い状態だったので、非常に物語の理解に大いに役立っている。だが、昨年末にクリアしたとある「ビジュアルノベルゲーム」は流行りの言い回し表現と思われるフレーズが多数見受けられて、クリアには酷く時間がかかったし、完全に理解は出来ていなかったと思う。クリア後の現在も物語の上辺しか攫いきれてない気がする。それでも、主題は恐らく汲み取れた。

 

帰する所、現在プレイ中である『The Silent Age』を始めとする、海外のナラティブ(Narrative)系ゲームをプレイするのが望ましいのだろう。語彙理解は最小限の情報で、プレーヤー各々の解釈を持ち、ストーリーに没入させる型式である。近年の日本製ゲームで云うと『ICO』や『ワンダと巨像』そして『rain』等が挙げられる。

 

昨年の初夏に一晩でクリアした『rain』は、同時期に『言の葉の庭』を数回視聴したこともあって、「雨」の魅力を更に助長させる作品だった。「少年」と「少女」のチャプター毎に縮める距離感が、水面に広がる一滴一滴の波紋が、唯々麗しく、ラストの描写は掛け値なく良かった。形容し難い、心理的感情を受け、人生の最後の日にもう一度だけ、感傷に浸りたい。

 

f:id:toyukawapanda0401:20161224204923j:plain

あのピンク色の豹。

雪景色に見飽きた。起床後にカーテンを開け、普段と同じ雪景色に辟易する。加えて「北」の方に住んでいると、電車が運航休止になったりする事例が偶に発生するから、夏、初秋に比べ、ゆとりを持って行動しなければならない。だが、年末に「南」の方に帰省したときは、それは快適であったが(スリップの心配が皆無である)、道端に積雪がないのは、若干、恋しさがあった。

 

PC版『シュタインズ・ゲート』を改めて始めた。近年の「物語」として、唯一無二の面白さがあると思う。小説、漫画、アニメ、映画、ゲームと云った「物語」には様々な媒体があり、多様な視覚的効果がある。今作は見事に「ノベルゲーム」の型式を上手く活用出来た稀有な例ではないかと思っている。アニメ版も評価が高いが、今作のアニメとゲームの関係性は、圧力鍋と一般的な調理鍋の様だ。

 

近くのレンタルビデオ店に赴き、パッケージを見て懐古し、『ピンクパンサー』を借りた。幼少期はケーブルテレビで海外アニメばかり観ていた気がする。現在でも『トムとジェリー』はDVDが手元にあるので、偶に観る。上記の2作品は、時代背景を感じるブラックジョーク的な描写が幾つかはあるが、普遍的な「笑い」を提供してくれる。疲弊した時に観るのが効果的だ。『ピンクパンサー』(オリジナル版)に限って云うと、色彩の使い方と間合いが堪らなく好きだ。

 

最も視聴した海外アニメは『マドレーヌ』だろう。

 

オール・マイ・ベストは『アンデルセン・ストーリーズ』で、これからも揺らぐことはない。『人魚姫』『裸の王様』の回は視聴から10年以上経った今でも、断片的に幾つかのシーンは憶えている。

 

思い出しては、本棚にあるアンデルセンの短篇を読み漁るのは、あの時期に海外アニメを観ていた影響なのかもしれない。